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顕証寺 (大阪府河南町) : ミニ英和和英辞書
顕証寺 (大阪府河南町)[まち]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [あかし, しょう]
 (n) 1. proof 2. evidence
: [てら]
 【名詞】 1. temple 
大阪府 : [おおさかふ]
 (n) Osaka (Oosaka) (metropolitan area)
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
河南 : [かなん]
 (n) Henan (province south of the Yellow River)
: [みなみ]
  1. (n,vs) South 2. proceeding south 
: [まち]
 【名詞】 1. (1) town 2. (2) street 3. road 

顕証寺 (大阪府河南町) : ウィキペディア日本語版
顕証寺 (大阪府河南町)[まち]

顕証寺(けんしょうじ)は、大阪府南河内郡河南町大字大ケ塚にある浄土真宗本願寺派寺院。山号は「近松山」。「大ケ塚御坊」とも。
河南町北部、大ケ塚の高台の上に、寺を中心にして周囲に寺内町を形成している。現在もその痕跡をとどめている。
== 歴史 ==
大ケ塚寺内町は、鎌倉時代末期、念仏宗第7世法明が、当地に念仏道場を開き、布教をはじめたことに端を発する。 南北朝時代や戦国時代には大ケ塚周辺で合戦が繰り広げられたが、そのような状況下で、念仏宗の寺院を中心に寺内町が形成されていく。
元亀3年(1573年)、本願寺11世顕如が、大ケ塚に道場を開基し、「大ケ塚総道場」と称する。これが現在の大ケ塚御坊顕証寺のはじまりとなる。当時この地は柴田勝家に属し、柴田家の菩提寺とされていた。 のちに豊臣秀吉がこの地に城を築こうとし、寺をとり壊したが、築城は失敗に終わる。
正保3年(1645年)、本堂を再建する。
安永9年(1780年)、火事で全焼する。
寛政6年(1794年)、現在の本堂が建立される。建築面積は、584平方メートルあり、建築に25年の歳月を要した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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